デザイナーの雑記帳

デザインのこと。暮らしのこと。思うこと。

できない自分を認めて頼ることを学んだできごと

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先日「料理が嫌でやめた」という記事を書いたのですが、ものすごく不快の挑戦でした。

kumiko-s.hatenablog.com

なぜならば、私は昔からとてつもない完璧主義者だったからです…。「できない自分」を晒すのは勇気がいる。

「いや、別に書かなきゃいいじゃん」って話なんですけども、さっき強烈に気づいたことがあったので、残したいと思います。

私の人生に「料理のできる人」が登場する意味

最近は自分のデザイン業がわりとパツパツでして、我が家の夕飯(土鍋ご飯+冷凍ストックを準備するだけ)すら回せていません。

そんな時、自粛モードなこともあってパートナーの帰りが早く、土日も家にいるので、頼んでないのに彼がすべて代わりにやってくれます…。ありがたや…。

しかもです。

私より数万倍、料理がうまいわけです。私は快くすべてを任せてお願いする。

 

ここで私はハッと気づきました。

料理ができない自分 + 料理ができる彼。私が頼ることを学ぶために、必然的にそうなってるのかもしれないことを。

 

なんでもできる!の思い上がり

私は小学生の頃からなかなかの完璧主義者で、勉強もピアノも習字も学級委員も、なんでも他の人よりうまくできないと嫌でした。

自分でいうのもアレですが、ちょっとやればうまくできてしまうタイプだったのに、負けるのだけは嫌…! その分努力をしまくるのですが、負けるとショックすぎて発狂しがちでした 笑

料理も、全然やりたくないのに「料理のできない自分」が嫌。ずっと無理して頑張る→でも うまくできないから自分で自分をバカにする…。苦しいだけですよね。

さらに、クオリティを追求しまくりがちだったため、自分の中で完結したい欲が強く、また、頼ること自体に罪悪感もあり、誰かに頼って生きる術をあんまり知らずに生きてきました。

男性にすら張り合う勢いで、まったく可愛げのカケラもない有様。

こんな感じで、なんでも頑張って1人で全部できると思い上がって生きてました。

できることも増えるけど、できないことも見えてくる

やがて大人になり、さらにできることはどんどん増えました。でも、例えば仕事なんかでお金を得るレベルになると、ある程度の技術や質も必要になる。できることも増えて、いろんな世界を知ったけど、できないと感じることもまた同時に増えていきました。

「やっぱり私…ポンコツや」と気づいたその一つが料理。無駄に高いプライドゆえに、“料理できます風”に見えるように背伸びしていただけで。なんでもできる“風”の自分は、自分で作り上げていた幻だったのです。

そして、私の人生に彼が登場します。

完敗だった

はじめて彼の家に行った時はびっくりしました。カレーも市販のルーを使わずにスパイスから作るので、キッチンにはいろんなスパイスや調味料がある。燻製用のボックスなんかもある(燻製が家でできることを初めて知る 笑)。即席でなにか作れるし、ひき肉があればエビ入り餃子とハンバーグを同時に作って冷凍用に作りおきをしてくれる…。

完敗だったんですね。もうこれは勝てない…。

ここでやっと私は負けを認めて、他人に頼ることができるようになりました。

できない自分を認める

誰かに任せることがこんなに楽なこととは気づいてませんでした。できない自分が恥ずかしくて、頼るなんてもっと恥ずかしくて、でも自分ではうまくできないことが苦しくて。なにを勝手にもがいていたのでしょう!

最近は、「料理の担当は自分なのに申し訳ない…」とか罪悪感でいっぱいだった自分も消えて、相手の方がうまくできるのだから頼らない術はない!と開き直れるようにもなりました。代わりに私はデザインに力を入れて誰かに貢献する。

ポンコツな自分を笑いに変えられて、気分は楽になって、相手をより尊敬できて、Win-Win-Win。

もっと早く気づけばよかった。

と思ったんですが、たぶん、ここまで頑なにもがいて、極端を経験しないと気づけない性格だったのでしょう。今気づいたことに意味があったんだと思います。

 

得意なことは人それぞれ。自分なんてそんな大したことはできません。卑屈になるということではなくて、できないことは誰かに頼って、できることを率先してやればいい。

世界はそうやって回っていたことに気づいた、一コマでした。